下野新聞社YouTubeチャンネルMovemateに掲載されました。下記よりぜひご覧ください。
<ご案内>
感染症予防のため、
風邪・発熱の症状がある方
の参拝をご遠慮いただいております。なお、お互いの距離をお取りください。
拝観時間は
夏季:4月~9月/8:30~16:30
冬季:10月~3月/9:00~16:30
※受付は20分前に終了します。
※木曜日はお休み(祝日は営業)
※12月26日~31日はお休み
とさせていただきます。
ご朱印は、坂東札所専用帳面以外では、書置きとなります。
お経を唱える時は、お堂の外側でお願いします。
ご理解ご協力の程、よろしくお願いいたします。
※上記ボタンをクリックして詳しい情報をご覧ください。
大谷寺本尊千手観音(高さ4m)は、平安時代(810年)弘法大師の作と伝えられています。古くから大谷観音と称され、鎌倉時代に坂東19番の霊場となり、多くの人々から尊崇されてきました。最初は、岩の面に直接彫刻した表面に赤い朱を塗り、粘土で細かな化粧を施し、更に漆を塗り、一番表には金箔が押され金色に輝いていました。最新の研究では、バ―ミヤン石仏との共通点が見られることから、実際はアフガニスタンの僧侶が彫刻した、日本のシルクロ―ドと考えられています。
千手観音には、千の手と、千の目が有ります。手のひらにも目があり、いつも私達を見守っています。そして、たくさんの手で宇宙にある全ての人々、生き物を救ってくださる有り難い観音様です。お参りの際は、その大きな心を想い、世界の平和と人々の幸せを願い、合わせて感謝の気持ちで合掌しお参りください。
大谷観音御詠歌
「名を聞くも めぐみ大谷の観世音 みちびき給え 知るも知らぬも」
その昔、この辺り一帯は大小の岩が、まるで屏風のようになっていて、その中は広く平らに広がり、大谷と呼ばれていました。岩下からは水が湧き出して川となり、自然が作った城のようでした。この中には毒蛇が住んでいて、時々毒水を流し出し、鳥獣虫魚がこれに触れると、たちまち死んでしまったため、ここを地獄谷と呼んでいました。人間がこの水に触れると病気になり、最悪の場合は死に至り、五穀は枯れ、草木もしぼみ、人々は苦しみ、この地を捨てようとしていました。
時に大同、弘仁(810年)の頃、弘法大師が東国巡錫の折この話を聞き、里人のうれいを除こうと毒蛇の谷に入って行きました。人々はこれを聞いて喜びました。十余日の後、谷から大師が出てきて、毒蛇を退治したと告げて立ち去って行きました。
人々が谷の奥に入り中の様子を見ると、高い岩山に光り輝く千手観音が彫ってありました。観音の光明は山谷を一面金色に変えました。人々は弘法大師の不思議な力に感謝し、大師の偉業を貴み観世音に帰依して仏教を信仰する者が増えました。これが大谷寺の始まりです。
今、池の中央に弁財天が祀られています。かの毒蛇が心を入れ替えて白蛇となり、お仕えしています。参拝後には、白蛇の頭にも軽くふれてください。
本尊の千手観音はじめ、脇堂の釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊の合計10躰の石仏は、日本の石像彫刻中、優秀なる技巧を究めたものとして、昭和29年3月に国の特別史跡に、昭和36年6月には、重要文化財に指定されました。西の臼杵磨崖仏(大分県)に対し、東の磨崖仏として知られ、美術的にも優れた貴重な石仏です。
大谷寺の御止山は、自然の大谷石奇岩群と、赤松の織り成す風光明媚な景勝が「陸の松島」と称賛され、国の名勝(平成18年7月)に指定されました。栃木県では、日光の「華厳の滝」に続いて2つ目の指定です。大谷石は、緑色凝灰岩といい火山灰の堆積岩です。名前の由来は江戸時代、日光輪王寺宮様の御用山で、秋になりますと松茸狩りをされました。そのため、一般の人々が立ち入ることを禁止され「おとめやま」と呼ばれて来ました。また大正天皇は度々参詣され、山頂にはお手植えの松がありましたが、今は記念碑が建てられています。
現在、登山は出来ますが、自然の景観を守るために安全柵等の設備はありません。また、滑りやす場所もありますので、運動靴等を用意されたうえ、登山の注意書きを読まれ十分気を付けて散策してください。なお山頂は行き止まりとなり反対側へは下山できませんのでご注意ください。
江戸時代初期、徳川家康公の長女・亀姫様は、父親が日光に祀られたところから、江戸と日光の中継所として復興され、当時の住職・伝海僧正(天海大僧正の法弟)による中興を援助しました。歴代日光輪王寺の宮様の休憩所・宿泊所として利用され、寺紋は、「菊の紋」と「葵の紋」があります。しかし、明治時代になると保護はなくなり一時期衰退しましたが、現在は観光・札所参詣者で賑わっています。
太平洋戦争の戦死戦没者の供養と、世界平和を祈って彫刻された、高さ27メ-トル(88尺8寸8分)の観音像。昭和23年より、当時の大谷観光協会と地元の熱心な後援のもと、東京芸術大学教授・飛田朝次郎氏が制作を手がけ、大谷の石工達が彫刻しました。6年の歳月をかけ、昭和29年に完成し、昭和31年には、日光輪王寺門跡・菅原大僧正により開眼供養が行われました。現在は、宇都宮市公園管理のもと自由に参詣できる憩いの場として、多くの人たちが訪れています。
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寺院や神社に参詣・参拝した際、証(あかし)として授け与えられる印影を「ご朱印」と呼びます。観音さまの宝印ですので大切にしてください。また、合掌でお参りをお願いいたします。
元旦 護摩法要
春彼岸 春彼岸の法要
お盆 お盆の法要
秋彼岸 秋彼岸の法要
11月第2土曜日 施餓鬼法要
オリジナルのお守り、西陣織のお守りなど取り揃えてございます。
全てご祈祷しておりますので、身に着けてお持ちください。
新年のご祈祷・各種ご祈祷常時承ります。
下記お問い合わせの上ご予約ください。
お問い合わせ先:大谷寺 Tel.028-652-0128
※受付時間外のお問い合わせはご遠慮ください。
昭和40年4月防災工事中にお堂の下から出土しました。身長154cm、年令20歳位の男性と考えられています。小さく丸めるように、ちょうど母親の胎内にいるように埋葬されていました。
江戸時代の古いお堂の天井絵を移設したものです。
縄文時代の人々は、自然の岩陰を利用して生活していました。 お堂の下から出土した、土器・石器などを展示しています。
製作は東京芸術大学「飛田朝次郎」先生です。
東北自動車道宇都宮ICから国道293号経由8km10分